普段着の笹井さんが入って来た。
「特に、用は無いんだけどさ」
「怪我したって」
「しょうがなく。家に帰る事を周りが勝手に決めるから、こうでもしないと」
包帯は、左手首に巻かれている。上手く切れなくて、大した傷じゃない。
ーーー沈黙。確かに、こんなもの見せられたって困るだけだよなぁと、呼んでしまった事を後悔。
「ごめん」
何のごめんなのかと笹井さんの顔を見ると、……泣いている。
涙って、いつ出るんだっけ。
痛いとか怖いとか、
悲しいとか寂しいとか?
「何が?」
「家に帰りたくないって一貫して主張しているのに、僕には何の力も無くて……、こんな事になって………」
「これで、また施設に戻れるかもしれない」
「そっちの、生活はどうなの」
「普通。家よりはずっとマシ」
「そうか……」
急に憔悴してしまった人を目の当たりにすると、反動で空元気が出てしまうのだろうか。
「大丈夫だよ。これ(左手首)だって抵抗する為。包丁の先が刺さったくらいだし」
左手首をクルクル動かして平気だとアピールすると、笹井さんは焦って制止する。
「駄目駄目、動かしちゃ」
痛いのは痛い。
でも泣く程ではない。
(続く👻)